沖縄の地名に残る、“島の見え方”
〜たろちんの地図メモ〜
揺らぎの中にある記憶を辿る旅。
海の向こうに残る記憶を、今日も少し辿っていきます。
沖縄の地名を見ていると、ただの“場所の名前”ではない事に気付く時があります。
そこには、昔の人達が“この島をどう見ていたのか”という感覚が静かに残っている事を感じる事が出来ます。
沖縄県には今でも、
山原(やんばる/国頭)=頭
中頭(なかがみ)=腹
島尻(しまじり)=尻
という区分が残っています。
現代では行政区分として見られる事が多いけれど、これは単なる区切り以上に、“島の捉え方”そのものが刻まれているようにも感じられます。
山が連なる北、
文化や人が交わる中央、
そして海へ開かれた南。
それぞれの名前には、地形だけではなく、人々が抱いていた感覚や世界観までが、見ればみるほど、滲んでいるようにさえ見えてきます。
面白いのは、こうした地名を眺めていると、“もう一つの歴史”が浮かび上がってくる事です。
教科書に載る歴史だけではなく、
人々がどこを境界として見ていたのか
どこを聖域として感じていたのか
海をどう捉えていたのか
そんな“感覚の歴史”です。
実際、threadの投稿に寄せてもらったコメントの中にも、
「山原は秘境のイメージがある」
「昔の琉球の地図っぽさを感じた」
という声がありました。
それを見て改めて思ったんです。
昔の地図は、現代のような
“正確さ”だけで作られていたわけではないのかもしれないと。
そこには、
祈り
唄
境界
海の道
人の記憶
土地の記憶
そんなものも重なっていたように感じます。
だから自分が作る地図も、
“正確な地図”というより、
海の記憶や島々の感覚を重ねる事を大切にしています。
地名って、歴史のタイムカプセルなのかもしれません。
知れば知るほど、島がもっと立体的に見えてくる。
何処を支点にして物事を捉えるか。
沖縄の地名を見ていると、
もう一つの琉球の歴史が浮かび上がってきます。


