イエスマンが海を越えた日
〜思いが海を越えた日〜
音声配信やsnsを続けていると、不思議な出会いがある。
その彼女と出会ったのは音声配信だった。
最初は、自分のLIVEによく遊びに来てくれるリスナーさん。
最初はそれだけだった。
でも話をしているうちに、同じ沖縄出身だという事が分かった。
沖縄を離れて暮らしている者同士。
それだけでも少し距離が縮まった。
ところが話はそこで終わらなかった。
ある日、地元の話になった。
話を聞いてみると、まさかの同じ地元。
しかも後輩だった。
世間は狭いなぁ。
そんな事を思っていたら、さらに驚く事が起きた。
それは、実家の話になった時だった。
彼女が話した実家の場所を聞いて、自分は思わず声を上げた。
「えっ!ちょっと待って!?」
その場所には、自分が通っていた保育園があったはずなんだけど!
彼女から話を聞くと、自分の記憶違いではなかった。
その保育園は今も残っている。
ただし保育園としてではなく住宅として使われている。
そして、その住宅こそが彼女の実家だった。
さらに驚いた事に、園児の頃に自分が使っていたロッカーまで現在も残っているという。
自分にとっては遠い記憶の場所。
彼女にとっては実家。
同じ建物なのに、そこには違う時間が流れていた。
そして話はまだ続く。
彼女は空手もやっていた。
その空手の先生の名前を聞いて、自分はまた驚く事になる。
なんと、その先生は自分の親戚のおじさんだった。
で、その親戚のおじさんは彼女のお父さんの親友だった。
ここまで来ると偶然という言葉だけでは説明がつかない。
音声配信で出会った人が、気が付けば自分の故郷の記憶を次々と運んで来る。
本当にそんな感覚だった。
また、彼女は三線もやっていた。
沖縄で三線を学び、お師匠さんからある教えを受けていたという。
「三線の演奏依頼が来たら断るな」
最初に聞いた時は面白い教えだな〜と思っていた。
しかし理由を聞いて納得した。
お師匠さんが大切にしていたのは、自分の弟子を有名にする事ではなかった。
沖縄の大切な文化である沖縄民謡を、一人でも多くの人に届けて欲しい。
その思いからの言葉だったのだ。
彼女はその言葉を今でも大切にしている。
また彼女は旅好きでもある。
国内ならコンビニへ行くような感覚で飛行機に乗ってしまう。
海外にもよく行く。
そんな彼女が、ある時仕事も兼ねてスイスを訪れた。
そこで一人の日本人女性と出会う事になる。
東京出身の箏の先生だった。
話を聞くと、その先生は以前石垣島に住んでいたという。
また沖縄へ繋がった。
そして翌年。
その箏の先生から彼女に連絡が入る。
「一緒にスイスで演奏しませんか?」
普通なら迷うと思う。
海外、仕事、費用、準備。
不安はいくらでもある。
でも彼女には、お師匠さんから受け取った言葉があった。
「三線の演奏依頼が来たら断るな」
だから彼女は迷わず海を越えた。
そしてスイスの地で、箏と三線の演奏を行った。
『さくら』
『ふるさと』
『てぃんさぐぬ花』
それをスイスのニヨンにあるプランジャン歴史博物館にて、19世紀末から 20世紀初頭にかけての世界旅行を振り返る展示会の一環として【日本の午後】と題して見事に演奏をしたのでした。
それは、沖縄で受け継がれた三線の音が、日本の歌と共に海を越え、スイスへ届いた瞬間だった。
でも実を言うと。
自分にとって、この話の一番大切な部分はそこではない。
彼女とは、その後二度ほど一緒にお話し会も開催した。
沖縄民謡を唄ってもらった事もある。
ヨガの先生でもあるので、ヨガをしてもらった事もある。
一緒に場を作り、一緒に人を迎え、一緒に時間を過ごした。
そして気が付けば、今では家族ぐるみの付き合いになっている。
さらに言えば。
今では自分の相方にとって、一番の良き理解者でもある。
思い返せば不思議な話だ。
最初は音声配信のLIVEに遊びに来てくれる一人のリスナーさんだった彼女。
それが今では家族のような存在になった。
最近、自分はよくこういう話をしている。
「画面の向こうにも人がいる」
それは綺麗事ではない。
これは、自分自身の実体験だ。
もしあの日、画面の向こうの人を数字として見ていたら。
ただのリスナーとして見ていたら。
今の関係は生まれていなかったと思う。
だから今でも思う!
画面の向こうには、ちゃんと人がいる。
時に、その人は家族になる。
海を越えたのは彼女だけではない。
三線の音も、お師匠さんの想いも、人と人との縁も、気づけばすべて海を越えていた。
そして、その縁は今も続いている。
だから自分にとってこれは、単にイエスマンが海を越えた日の話ではない。
画面の向こうにいる一人の人を大切にしていたら、いつの間にか家族ができていた。
これは、そんな家族が自分の人生を突き動かしていた話だ。
そして気が付けば、その家族は自分の人生を動かす大切な存在になっていた。
あの日のLIVEで出会った時には、そんな未来は想像もしなかった。
だから今でも思う。
画面の向こうには、ちゃんと人がいる。
そして時に、その人は家族になる。



