現代社会において、媒体化していく人達
〜人は、世界を“通す”存在だった〜
最近、
現代社会を見ていると、
人間そのものが、
何かの“媒体”になっているように感じる事があります。
情報の媒体。
感情の媒体。
アルゴリズムの媒体。
流行の媒体。
昔は、
もっと違った気がするんです。
人は、
ただ情報を流す存在ではなく。
風や土地や記憶を、
一度身体の中に通す存在だった。
海を見て。
火を囲み。
祭りを行い。
歌を歌い。
見えないものと、
共に生きていた。
そう思えるんです。
沖縄の御嶽を訪ねたり祭祀を見ていると、
時々そんな感覚になります。
そこにあるのは、
単なる宗教的な儀式ではなく。
世界との接続方法そのものだったのではないかとさえ思えてきます。
風の流れ。
潮の流れ。
星の流れ。
人の流れ。
海洋民族にとって、
世界は「土地」ではなく、
“流れ”として存在していた。
だから御嶽もまた、
土地そのものというより、
流れが交わる“境界”として
置かれていたようにも感じるのです。
岡本太郎もまた、
沖縄に強く惹かれていた一人でした。
太陽の塔を作った岡本太郎さんは、
沖縄文化についての著書の中で、
「沖縄には、まだ日本が失ってしまったものが残っている」
という感覚を語っています。
それは、
単なる民俗学的な興味ではなく。
もっと根源的な、
“生命の感覚”への驚きだったように感じます。
岡本太郎さんは、
沖縄の御嶽や祭祀を見て、
合理化される以前の、
人間のエネルギーそのものを見ていたのかもしれません。
特に、
久高島のクボー御嶽の話しは印象的でした。
男子禁制。
撮影禁止。
詳細も語られない。
現代社会から見ると、
非合理にも見えるその空間に、
岡本太郎さんは、
むしろ強烈な“人間の本質”を感じ取っていたように思えます。
すべてを可視化し、
説明し、
管理しようとする社会の中で。
なお残り続ける、
触れてはいけない領域。
そこには、
「便利さ」では測れない、
畏れや祈りが残っていた。
そして、
太陽の塔もまた、
どこか御嶽に近い存在だったのかもしれません。
綺麗に整ったものではなく。
もっと、
生命の奥底から突き上げてくるもの。
祭り。
混沌。
祈り。
爆発。
岡本太郎さんは、
「芸術は爆発だ」
という言葉の奥で、
人間の中にある、
制御出来ない生命そのものを見ていたように感じます。
そして、
水木しげるさんの描く妖怪にも、
同じような気配があります。
ただの空想ではなく。
土地の湿度。
夜の気配。
温もり。
人間が昔感じていた、
“見えないものとの距離感”
そのものが描かれている気がするのです。
昔の人達は、
見えないものを、
「存在しない」とは考えていなかった。
海の向こうから来るまれびと。
夜の気配。
夢。
風。
魂。
唄。
祈り。
そういう、
まだ説明し切れないものと、
人々は共に暮らしていた。
でも今の時代は、
速度があまりにも速い。
結論から始まり。
余白が消え。
間が消え。
熟成する前に、
次の情報が流れてくる。
動画も、
会話も、
感情も。
すべてが最適化されていく。
けれど、
本来人間とは。
もっと揺らぐ存在だったのではないでしょうか。
すぐに答えを出さず。
見えないものを感じ。
土地の空気を吸い。
同じ火を囲み。
同じ景色を見ながら、
少しずつ世界を共有し同期していく。
そこには、
“効率”では測れない時間があったはずだと考え想像したりします。
口噛み酒の文化も、
時々そんな事を感じさせてくれます。
あれは単なる酒造りではなく。
人が、
土地の菌を身体に通す行為でもあったのかもしれない。
目に見えないものを、
身体の中へ迎え入れる。
土地の記憶を、
人の中に宿していく。
そして、その土地と一つになる。
それは菌を通した接続であったのではないだろうか?
そんな感覚が、
昔の人達にはあったのではないかと思えてきます。
だから今、
必要なのは。
効率良く生きる事ではなく。
もう一度、
世界を“通せる身体”を取り戻す事が必要になってきているのかもしれません。
風を。
海を。
土地の記憶を。
人の気配を。
温もりを。
まだ言葉にならないものを。
人間は本来、
ただの媒体ではなかった。
もっと、
揺らぎの中で生きる存在だったのだと思います。
未来と今を接続する為に、過去の記憶に触れる事が重要になって来ていると思えてなりません。
※写真は与那国島の先祖の女性達が祀られている御嶽です。
動画はそこで自分が手を合わせている様子を撮影したものです。
🔻🔻🔻
https://www.instagram.com/reel/DTXASEngQY-/?igsh=YmRnbTlzZWNpNmx3




たろちんさんの記事、好きすぎる。
好きすぎて、さっきrecommend押してきました🥹
御嶽っていうのは、
岩壁みたいなところを言うんですか??
岩石信仰とはちがうんですよね。
何か突出した場所のことですか?😊