祈りのライン 第三話剣を持たない不動明王
〜琉球王国を読み解く〜
沖縄本島、奥武山。
琉球八社の一つ、沖宮を訪れた時の話しです。
社殿へ手を合わせたあと、境内の奥にあり上へと続く石段を登ると、その先にあるのが天燈山御嶽(てんとうざんうたき)です。
ここの御嶽は、天受久女龍宮王(天照大神)が祀られている奥宮となっています。
そして、そのすぐ隣には、一体の不動明王が静かに立っています。
その姿をはじめて見た瞬間、私は思わず足を止めました。
その手には、持っているはずの剣がありませんでした。
不動明王といえば、右手に剣を持ち、人々の迷いや煩悩を断ち切る姿を思い浮かべます。
けれど、この不動明王は違いました。
その日から、この沖宮の事が、ずっと心に残っていて気になり続けました。
沖宮について調べていると、一冊の本に出会いました。
そこには、こんな言葉が書かれていました。
「神社は表の道理で、御嶽は裏の道理、すなわち奥宮であり、表裏一体をなす。」
その一文を読んだ瞬間、私は沖宮で見た景色を思い出しました。
社殿があり、
その上には奥宮となる御嶽がある。
表があり、
裏があり、
奥がある。
神社だけでもなく、
御嶽だけでもない。
その両方があって、一つの祈りを形づくっているのが、この沖宮という神社でした。
第一話で、私は「万国津梁」という言葉を書きました。
琉球国は、自らを「橋」と表現しました。
世界と世界を結ぶ橋。
文化と文化を結ぶ橋。
その橋は、海の上だけにあったわけではないのかもしれません。
沖宮を歩いていると、もう一つの橋が見えてきます。
神社と御嶽。
表と裏。
史実と伝承。
目に見えるものと、目に見えないもの。
それらを分けるのではなく、一つの祈りとして受け止めてきた場所。
それは、
海に囲まれた琉球だからこそ
生まれた、
「港」という考え方にも
重なって見えてました。
私には、そんな景色が見えてきたのです。
またこの「天燈山(てんとうざん)」という言葉の響き。
何度もその名前を口にしていると、不思議と「おてんとうさん」という言葉が頭に浮かびました。
もちろん、語源の話ではありません。
ただ、その響きを聞いていると、自然と太陽の温もりを思い浮かべられたのです。
さらに、「天燈山」という文字を見つめていると、私には一つの景色が見えてきました。
天・火・登・山。
まるで、天へ火が登る山。
もちろん、これも漢字の意味を説明したいわけではありません。
その場所に立ち、この名前を頭に浮かべた時、私の中に静かに浮かんできた風景です。
また御嶽には、天受久女龍宮王という御神名が刻まれています。
その文字を見ていると、私は「龍宮の女王」という景色を思い浮かべました。
琉球。
龍宮。
浦島太郎。
一つの言葉から、
また一つの景色が広がっていきます。
さらに、「天受久女」という文字からは、一人の巫女の姿が浮かんできます。
天を仰ぎ、
太陽の光を受け、
雨を願い、
風を感じ、
自然の恵みを静かに受け止める。
そして、その恵みを古来より受け継いできた人々。
巫女…
もちろん、これは御神名の正式な解釈ではありません。
この場所に立ち、この文字を考えた時、私の中に浮かんできた一つの景色です。
そして、もう一度、不動明王の前へ戻ります。
その斜め左後ろには、喜納昌吉さんの「花」の歌碑があります。
喜納昌吉さんは長年、
「すべての武器を楽器に」
という言葉を伝え続けてきました。
武器を持たない不動明王。
武器を楽器に。
そして、その隣には天受久女龍宮王(天照大神)を祀る奥宮となる御嶽。
この三つが同じ場所にある景色を見た時、私は第一話で書いた「万国津梁」という言葉を思い出しました。
橋とは、ただ結ぶだけではありません。
渡ってきたものを受け入れる場所でもあります。
琉球という国は、様々な文化と出会い、それを受け入れながら歩んできました。
けれど、それは私たちを失うことではありませんでした。
その奥には、変わることのない祈りがあったからです。
だからこそ、この島には、おもてなしの文化やチャンプルー文化が生まれ、芸能が育まれ、人々の祈りが今も受け継がれているのかもしれません。
剣を持たない不動明王も、そんな琉球の姿を静かに語っているように、私には見えました。
もちろん、これは史実ではありません。
沖宮という場所を歩きながら、私の中に静かに浮かび上がってきた一つの景色です。
橋と港。
その先に、
私が見えたのは、
どこまでも果てしなく続く大海原と水平線でした。
剣を持たない不動明王の背中には、燃え上がる炎がしっかり見えています。




