琉球神話を辿る旅
〜なぜ神話を辿るのか〜
沖縄には、日本本土に『古事記』や『日本書紀』があるように、琉球神話があります。
アマミキヨ、シネリキヨ、ニライカナイ信仰、おなり信仰、御嶽、ヒヌカン、龍宮神、キンマモン…
名前だけならもしかしたら、聞いたことがある人もいるかもしれません。
しかし、その神話の舞台を実際に歩き、その土地に今も残る祈りに触れたことがある人は、そう多くはないのではないでしょうか。
自分も最初は、本を読んだり、地元のおじぃちゃんやおばあちゃんに聞いたり、神話を知るところから始まりました。
そこからさらに、実際に沖縄本島にある御嶽を訪ねたり、与那国島の一族の御嶽を訪ねたり、森を歩いたり、海を眺めたり、その土地に身を置いていると、一つのことに気付きました。
神話は、本の中だけにあるものではない。
そこには今も森があり、岩があり、風が吹き、そして古来から受け継がれてきた人々の祈りがあり、その祈りを守る人達の存在がありました。
その場所に立つことでしか、理解できないものが今現在も多く残っていたのです。
このシリーズを始める前に、一つだけお願いがあります。
沖縄には御嶽(うたき)と呼ばれる祈りの場所が数多くあります。
近年は「パワースポット」という言葉とともに、御嶽を訪れる観光客の人達も増えました。
もちろん、沖縄に興味を持ち、足を運んでもらえること自体は、とても嬉しく喜ばしいことです。
しかし、その一方で、御嶽が「行けばパワーをもらえる場所」として受け止められている場面を目にすることもあります。
自分は、そこに違和感を覚えます。
沖縄の人達は、御嶽に対して畏怖の念と畏敬の念を持って接し、それを生活の一部の中に取り入れながら生きていたりします。
それは、怖い場所だからではありません。
自然や祖先、そして目には見えない存在に対する感謝と敬意を忘れないためです。
その思いは勉強で習ってきたものではなく、親兄弟、おじぃちゃんやおばあちゃんから受け継がれてきた思いでもあります。
御嶽は、何かをもらいに行く場所ではなく、自然や祖先、そして自分自身と静かに対話する場所。
だからこそ、大きな声を出したり、立入禁止の場所へ入ったり、その土地の祈りを軽い気持ちで扱う場所ではありません。
このシリーズでは、神話だけを紹介するのではなく、実際に自分が訪れた神話の舞台や御嶽を辿りながら、その土地に今も息づく祈りや文化にも触れていきたいと思います。
これは歴史を解説するシリーズでも、正解を語るシリーズでもありません。
神話や、その土地で暮らす人たちから聞いた話を手がかりに、その地を歩き、自分自身が感じたことを綴る旅の記録です。
今日から、新しい旅を始めます。
『琉球神話を辿る旅』
一緒に、琉球神話に残された記憶を辿ってみませんか。
琉球開闢神話を初めて知る方のために、とても分かりやすくまとめられた動画がありました。
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