海の向こうに残る記憶Vo.5
「帰る」という文化
沖縄には、「帰る」という営みが、ごく自然に暮らしの中へ溶け込んでいます。
旧盆になると、祖先が帰ってくる。
シーミー(清明祭)では、家族や親族が墓前へ集まる。
地域の祭りや神事があると、島を離れて暮らす人たちも故郷へ帰ってくる。
与那国島のマチリでも、島の内外に暮らす一族が、この日のために帰ってきます。
今は飛行機で、昔は船で。
時代は変わっても、「帰る」という営みは変わりません。
私は、この沖縄にある風景を当たり前のように見て育ちました。
でも、改めて振り返ってみると、不思議なことに気づきます。
沖縄では、帰ってくるのは人だけではありません。
祖先もまた、毎年帰ってくると考えられています。
生きている人も帰る、祖先も帰る。
この島々では、「帰る」ということが、暮らしの中でとても大切にされてきたように思えるのです。
これは偶然なのでしょうか。
それとも、この島々には、「帰る」ことを大切にしてきた文化が今も息づいているのでしょうか。
私は、その問いをもう少し辿ってみたいと思います。
祖先は帰ってくる
私は沖縄で生まれ育ちました。
子どもの頃から、大切なことがあると、心の中で、
「おじぃ、おばぁ、見守っててね。」
そう祖先へ語りかけることが、ごく自然にありました。
誰かに教えられた記憶はありません。
「そうしなさい」と言われたこともありません。
それでも、その言葉はいつの間にか私の中にありました。
そして大人になって気づいたのです。
周りの沖縄出身の人たちも、大切なことがあると、ごく自然に祖先へ心を向けていました。
誰かに教えられたというよりも、暮らしの中で自然と受け継がれてきたこの感覚。
それほどまでに、この島々には「祖先は帰ってくる」という世界観が深く根付いていたのかもしれません。
沖縄では、祖先は願いを叶えてくれる存在というよりも、家族を静かに見守ってくれる存在として受け止められてきました。
だから、大切なことがあると自然に祖先へ心を向ける。
「見守っていてね。」
その一言には、祖先が今も家族と共にあるという感覚が息づいているように思います。
またその世界観は、シーミーの風景にもよく表れています。
シーミーでは、親族が祖先の眠る墓へ集まり、墓を掃除し、手を合わせ、供物を供えます。
そして、その場で食事を囲み、家族や親族が共に時間を過ごします。
それは、ただ墓参りをする日ではありません。
祖先を中心に、家族が集う時間なのです。
家族が集まり、笑い、語り合い、子どもたちが走り回る。
これが、沖縄では昔から受け継がれてきたお墓参りの風景です。
その中心には、いつも祖先がいて、
家の中では仏壇が家族の中心にあり、
シーミーでは祖先の眠る墓が家族の中心となる。
沖縄では、祖先は遠い過去の存在ではなく、今も家族の時間の中心にいる存在として、受け継がれてきているのではないでしょうか。
私は、この当たり前だった風景を、大人になってから少しずつ改めて見つめ直すようになりました。
そして、一つの問いが浮かんできたのです。
祖先が帰ってくる文化があるのなら、人もまた、この島々が大切にしてきた時間の流れの中を歩いているのではないでしょうか。
人も帰ってくる
祖先が帰ってくる。
それと同じように、人もまた故郷へ帰ってきます。
旧盆になると家族が帰ってくる。
シーミーになると親族が集まる。
地域の祭りや神事があれば、島を離れて暮らす人たちも帰ってきます。
私も与那国島の一族のマチリに参加した時、その風景を目にしました。
マチリが近づくと、与那国島を離れ暮らしている一族の人たちが、島へ帰ってきます。
それは義務だからではありません。
誰かに呼ばれたからでもありません。
まるで、それが当たり前であるかのように、人は帰ってきます。
私は、その姿を見ながら、シーミーの風景を思い出しました。
シーミーでは、親族が集まり、祖先の眠る墓をみんなで掃除します。
手を動かしながら言葉を交わし、掃除が終わると、墓前で食事を囲みます。
子どもたちは走り回り、大人たちは近況を語り合う。
そこにあるのは、墓参りだけではありません。
祖先を囲みながら、家族や親族がお互いの元気な姿を確かめ合う時間でもあります。
私は、こう思うようになりました。
人は、何かを置きに帰るのではなく、大切なものを受け取りに帰っているのかもしれません。
帰ることで、祖先とのつながりを確かめ、家族とのつながりを確かめ、故郷とのつながりを確かめる。
そして、その時間を終えると、またそれぞれの暮らしへ戻っていく。
でも、それで終わりではありません。
また帰ってくる。
その繰り返しの中で、人と人とのつながりは受け継がれ、この島々の時間もまた巡っていきます。
人が帰ってきて、
また旅立ち、
そしてまた帰ってくる。
その営みを見つめていると、その繰り返しの中で、この土地もまた静かに呼吸をしている。
そんなふうに、私には思えてくるのです。
巡りという時間
ここまで、「帰る」という風景を辿ってきました。
祖先が帰ってくる、人も帰ってくる。
そして、人は帰るたびに、祖先や家族、故郷とのつながりを確かめ合ってきました。
その風景を見つめているうちに、私は一つのことを考えるようになりました。
沖縄で大切にされてきたのは、「終わり」という時間ではなく、「巡り」という時間なのではないでしょうか。
旧盆では、祖先を迎えます。
共に時間を過ごし、最後には送り出します。
でも、それは別れではありません。
また迎える日がやってきます。
人もまた同じです。
故郷へ帰り、家族と過ごし、再びそれぞれの暮らしへ戻っていく。
そして、また帰ってきます。
帰ることも、旅立つことも、どちらか一方だけでは成り立ちません。
その繰り返しがあるからこそ、人と人とのつながりは受け継がれ、この島々の時間もまた巡り続けてきました。
私は、その姿を見ながら思いました。
もしかすると、この島々が大切にしてきたのは、「循環」という生き方だったのかもしれません。
帰ってくる。
旅立つ。
迎える。
送り出す。
その一つひとつが、この島々の呼吸となり、次の時間へとつながっていく。
人が帰ってきて、また旅立ち、そして、また帰ってくる。
その営みを繰り返すことで、この土地もまた静かに呼吸をしている。
私は、そんなふうに思えるようになりました。
「帰る」という一つの問いから始まった旅は、いつの間にか、この土地が大切にしてきた時間の流れへと私を導いてくれました。
答えは、まだ見つかっていません。
人が帰ってきて、また旅立つ。
そのたびに、この土地もまた静かに呼吸をしている。
私たちは、その呼吸の中で生きているのかもしれません。
でも、その時間の流れに耳を澄ませることで、私はこの島々の記憶と、少しだけ再接続できたような気がしています。
海の向こうに残る記憶
私は、「帰る」という風景を辿ってきました。
祖先が帰ってくる。
人が帰ってくる。
そして、人が集い、また旅立っていく。
その一つひとつを見つめているうちに、私は「帰る」という言葉の向こうに、この土地が大切にしてきた時間の流れがあることに気づきました。
その答えが、本当に正しいのかは分かりません。
でも、一つの問いを辿ったことで、私はこの島々の記憶と少しだけ再接続できたような気がしています。
そして、海の向こうには、まだ私の知らない記憶が静かに残っているのでしょう。
その記憶を、これからも一つずつ辿っていきたいと思います。
次は、あなたの物語を聞かせてください。


